創立者について

創立者:本庄正則

激戦の飲料業界にあって、ウーロン茶、缶入り緑茶「お~いお茶」、「充実野菜」など次々とヒット商品を発売、日本に無糖飲料市場を創出、一代で伊藤園を1,000億円企業に育て上げる。

現在、世界の三大茶(緑茶、ウーロン茶、紅茶)はもとより、野菜・果実飲料、コーヒー飲料など豊富な製品ラインアップを持つ総合飲料メーカーとして、一代で緑茶飲料のトップ企業を築いた。

1996(平成8)年12月25日、個人資産を擲って本庄国際奨学財団を設立。

1934(昭和9)年4月25日、兵庫県神戸市にて生誕。

1959(昭和34)年3月、早稲田大学第一法学部卒業後、東都日産モーター株式会社入社、セールスマンとなる。1964(昭和39)年8月、日本ファミリーサービス株式会社設立代表取締役専務就任。

1966(昭和41)年8月22日、実弟の八郎氏(現伊藤園会長)らと、静岡市に日本の伝統飲料である緑茶の製造及び販売を主たる目的として伊藤園の前身であるフロンティア製茶株式会社設立、代表取締役専務就任。1969(昭和44)年5月、フロンティア製茶株式会社を株式会社伊藤園に商号変更 代表取締役社長就任。1979(昭和54)年8月、日本で初めて中華人民共和国と「ウーロン茶」の輸入代理店契約を締結し、「ウーロン茶リーフ」を全国に広める。

1981(昭和56)年2月、世界初の「缶入りウーロン茶」の開発に成功、それまで存在しなかった無糖飲料マーケットを創造。1985(昭和60)年2月、技術的に不可能とさえ言われた「缶入り緑茶」の製品化にも成功、無糖茶飲料市場を開拓した。

1988(昭和63)年5月、代表取締役会長就任。1989(平成1)年、缶入り日本茶「お~いお茶」が爆発的売れ行きを示し、知名度を一気に高めた。1992(平成4)年5月、店頭市場に株式を公開。1996(平成8)年9月30日、東京証券取引所市場第二部に上場。1997(H9)年、東京商工会議所副会頭就任。1998(平成10)年10月、東京証券取引所市場第一部に上場。

2002(平成14)年7月22日、6時9分、東京女子医科大学病院にて呼吸不全のため逝去、享年68歳。

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